2014年6月14日土曜日

シュローカ13: ブランマンの定義 #6~7

ブランマンの定義 #6~7:

नित्योऽक्षरपदार्थोऽयं तद्विनाशानिरूपणात् । विभुर्विविधभावित्वात्तच्च सर्वात्मकत्वतः ॥१३॥
nityo'kṣarapadārtho'yaṃ tadvināśānirūpaṇāt | vibhurvividhabhāvitvāttacca sarvātmakatvataḥ ||13||


ayaṃ   (1/1)  この
akṣarapadārthaḥ   (1/1)  アクシャラという言葉の意味は、
tadvināśānirūpaṇāt   (5/1)  その破壊を証明する事が不可能であることから、
nityaḥ  (1/1)   永遠(時間から自由であること)です。

vibhuḥ   (1/1)  全てになるもの
vividhabhāvitvāt    (5/1)  多種多様に表れることから
tat   (1/1)  それは(そのアクシャラ
ca   (0)  また、
sarvātmakatvataḥ  (0)  全てに共通する本質であることから(vibhuと呼ばれる。


v  アクシャラ・ブランマンの定義#6:「永遠」とは?
v  アクシャラ・ブランマンの定義#7:「ヴィブ(全てになるもの)」とは? 
·         全てのものの原因である、ということ。

·         しかしそれは、一人の人間とその子孫のようなものでしょうか?つまり、元のものと、それから出来たものは別物であるような原因でしょうか?

2014年6月10日火曜日

シュローカ12: ブランマンの定義 #3~5

ブランマンの定義 #3~5:


गोत्रं काश्यपाद्यस्ति वर्णः शुक्लादिकश्च ज्ञानेन्त्रियमस्त्यस्य नापि कर्मेन्द्रियं तथा ॥१२॥
na gotraṃ kāśyapādyasti varṇaḥ śuklādikaśca na |
na jñānentriyamastyasya nāpi karmendriyaṃ tathā ||12||


kāśyapādi  (1/1)  「カーシャパ」等の名前の
gotraṃ  (1/1)  祖先は
na  (0)  asti  (III/1)  (ブランマンには)ありません。

śuklādikaḥ   (1/1)  白色等の
varṇaḥ   (1/1) 
ca   (0)  
na  (0)  asti  (III/1)  (ブランマンには)ありません。

asya  (6/1)  この(アクシャラ・ブランマン)には
jñānentriyam   (1/1)   知覚は
na  (0)  asti  (III/1)  ありません。

tathā (0)  同じように
karmendriyaṃ   (1/1)    手足などの) 行動器官
api  (0) 
na (0)  asti  (III/1)  (ブランマンには)ありません。


v  アクシャラ・ブランマンの定義#3:「祖先がいない」とは?
v  アクシャラ・ブランマンの定義#4:「色が無い」とは?
v  アクシャラ・ブランマンの定義#5:「知覚も行動器官も無い」とは?



シュローカ11:ブランマンの定義 #1~2

ブランマンの定義 #1~2:


तद्वेद्यमक्षरं कीदृगिति चेदभिधीयते ज्ञानेन्द्रियैर्न विज्ञेयं ग्राह्यं कर्मेन्द्रियैर्न वा ॥११॥
tadvedyamakṣaraṃ kīdṛgiti cedabhidhīyate |
 jñānendriyairna vijñeyaṃ grāhyaṃ karmendriyairna ||11||

tad (1/1)  その
vedyam (1/1)  知られるべき
akṣaraṃ (1/1)  アクシャラ(ここでのブランマンの呼び名)は
kīdṛk (1/1)  どのようなものなのでしょうか?
iti (0)  
ced (0)  聞かれたら、
abhidhīyate (III/1)  答えは以下の通りです。

jñānendriyaiḥ (3/3)  (それは)知覚によって
vijñeyaṃ (1/1)  知られるもの
na (0)  ではありません。
karmendriyaiḥ (3/3)    手足などの) 行動器官によって
grāhyaṃ (1/1)  掴む事が出来るもの
(0)  でも
na (0)  ありません。


v  「アクシャラ」の意味は?
v  アクシャラ・ブランマンの定義#1:「知覚によって知られない」とは?

v  アクシャラ・ブランマンの定義#2:「行動器官によって掴めない」とは?

2014年5月15日木曜日

シュローカ10 パラー(上級)と呼ばれる理由 その3

パラー(上級)と呼ばれる理由 その3:アパラーの知識は、実践する必要があり、行動をする人が完全に満たされることは無い。


न विनानुष्ठितं कर्म वेदनं पर्यवस्यति । ब्रह्म धीस्तावतैव स्यात्फलदेति परा मता ॥१०॥
na vinānuṣṭhitaṃ karma vedanaṃ paryavasyati |
brahma dhīstāvataiva syātphaladeti parā matā ||10||

anuṣṭhitaṃ   (2/1)  実践
vinā   (0)  無しでは
karma   (1/1)  カルマ(行為の)
vedanaṃ   (1/1)  知識は
na  (0) paryavasyati   (III/1)  終結しません。

brahmadhīḥ   (1/1)  ブランマンの知識は
tāvatā  (3/1)  eva  (0)  知るだけで(実践無しで)
phaladā   (1/1)  結果をもたらすものに
syāt   (III/1)  なります。
iti   (0) 
parā   (1/1)  パラヴィディヤーは
matā   (1/1)  知られています。


v  カルマの知識は、実践が必ず必要
v  知るだけで結果がもたらされるとは?


シュローカ9 前の続き

परया चाक्षरं ज्ञेयमेतस्मिन्विदिते सति । सर्वं जगद्भवेद्बुद्धं तस्य सर्वात्मकत्वतः ॥९॥
parayā cākṣaraṃ jñeyametasminvidite sati |
sarvaṃ jagadbhaved buddhaṃ tasya sarvātmakatvataḥ ||9||

ca   (0)  そして、
parayā   (3/1)  パラヴィディヤーによって
akṣaraṃ   (1/1)  アクシャラ(ブランマン)は
jñeyam   (1/1)  知られます。

etasmin (akṣare)   (S7/1)  このアクシャラが
vidite  (S7/1)  知られた
sati   (S7/1)  時、
tasya (akṣarasya)  (6/1)  アクシャラは
sarvātmakatvataḥ  (H5/1)  全ての本質であることから、
sarvaṃ   (1/1)  全ての
jagad   (1/1)  ジャガットが
buddhaṃ   (1/1)  知られたことに
bhaved   (III/1)  なります。


v  ブランマンを表す、アクシャラという言葉の意味は?
v  ジャガットとは?




シュローカ8 パラー(上級)と呼ばれる理由 その2:アパラーはパラーの為の手段である。

パラー(上級)と呼ばれる理由 その2:アパラーはパラーの為の手段である。

यस्यअमपरविद्यायां कर्माण्युक्तानि साधकाः । कुर्वन्ति कर्मभिः शुद्धिं परविद्या करोति हि ॥८॥
yasyaamaparavidyāyāṃ karmāṇyuktāni sādhakāḥ |
kurvanti karmabhiḥ śuddhiṃ paravidyā karoti hi ||8||

yasyām  (7/1)  その
aparavidyāyāṃ  (7/1)  アパラヴィディヤーの中で
karmāṇi  (1/3)  儀式などの知識が
uktāni  (1/3)  教えられています。

sādhakāḥ  (1/3)  モークシャを得るために努力している人達は、
karmabhiḥ   (3/3)  儀式などの行為によって
śuddhiṃ  (2/1)  アンタッカラナ・シュッディ(心の成長)を
kurvanti   (III/3)  得ています。

(śuddhiḥ)  (1/1)  その成長が
paravidyāṃ   (2/1)  パラヴィディヤーを
hi  (0) (先生の助けによって)
karoti   (III/1)  もたらしてくれるのです。


v  साधन(手段)साध्य(目的) 
v  アンタッカラナ・シュッディとは?
v  なぜ「先生の助けによって」と入れる必要があるのか?




シュローカ7 パラー(上級)と呼ばれる理由 その1:特別な努力が必要

パラー(上級)と呼ばれる理由 その1:特別な努力が必要

वैदिक्यप्यधिकारस्य भेदादुक्ता पृथक् परा । विप्राः परिव्राजकाश्च तिष्ठन्तीति यथा तथा ॥७॥
vaidikyapyadhikārasya bhedāduktā pṛthak parā |
viprāḥ parivrājakāśca tiṣṭhantīti yathā tathā ||7||


vaidikī  (1/1)  ヴェーダに属している
api   (0)  けれども
adhikārasya  (6/1)  アディカーラ(資質・資格)の
bhedāt  (H5/1)  違いにより
parā  (1/1)  パラー(ヴィディヤー)は
pṛthak   (1/1)  別物として
uktā   (1/1)  (アンギラスによって)教えられています。

yathā   (0)  例えば、
viprāḥ  (1/3)  「ブランマナという階級の人であり、
ca  (0)  さらに
parivrājakāḥ   (1/3)  出家の儀式も受けた人が
tiṣṭhanti   (III/3)  立っている。」
 iti  (0)  というのと
tathā   (0)  同じように。



v  ウパニシャッドはヴェーダの一部である。4つのヴェーダをアパラー・ヴィディヤーと呼び、ウパニシャッドをパラー・ヴィディヤーと呼ぶなら、ウパニシャッドはヴェーダの一部ではなくなってしまうのではないか?
v  アディカーラの違いとは?

v  例え話の伝えるところは?